長崎地方裁判所 昭和26年(モ)39号 判決
申請人 村木八郎 外四二六名
被申請人 川南工業株式会社
一、主 文
当裁判所が、本件について、昭和二十六年二月二十四日した仮差押決定を取り消す。
申請人等の本件仮差押申請を却下する。
申請手続費用は、申請人等の負担とする。
第一項に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
申請人等代理人は、当裁判所が、本件について、昭和二十六年二月二十四日した仮差押決定を取り消す、申請手続費用は、被申請人の負担とするとの判決を求めると申し立て、その理由として、申請人等は、いずれも被申請会社の従業員であつて、被申請会社が、昭和二十六年一月二十六日申請人等に対し、解職を発令通告したため、罷職になつたものであるが、右解職及び賃金未払により、被申請会社に対し、別紙記載のような未払賃金及び退職金債権を有しているのに、被申請会社は、約二十億円に達する負債を有しながら、到底これを支払う能力を欠き、債権者の一部の者は、被申請会社と相通じて債権確保をするもののように装い、同会社所有の機械器具等を公然と船で搬出し、その所有財産は日一日と隠匿されつつある百鬼夜行の現状であり、今に債権保全の方法を講じなければ、たとえ本案訴訟で勝訴しても、申請人等の債権は、到底その執行をすることができないので、債権保全のため、本件申請に及んだ旨陳述し、被申請人の答弁に対し、申請人等の有する本件債権は、共同債権であるから、右債権総額について仮差押処分をすることは、当然許されるものというべきである。又被申請会社工場の再建見通しはまだついておらず、仮に事業の再開が行われるとしても、それは、船主団による改装船改造のための事業開始にすぎず、右改造が終了すると、工場は再閉鎖されるものであるから右事業再開のために本件仮差押決定が取り消されるべき理由はない、若し右決定が取り消されるようなことがあると、仮差押物件は散逸し、且つ名義は変更され本権債権の執行は不能になつてしまうと述べた。(疏明省略)
被申請代理人は、主文第一乃至第三項と同趣旨の判決を求め、答弁として、申請人木塚治敏以外の申請人等が、夫々その主張のような未払賃金及び退職金債権を有することは、争わないが、申請人木塚は、被申請会社に対しては何等の債権をも有していない。しかも、右債権は、申請人等各個人のものであつて、その共有債権又は連帯債権ではないのであるから、各申請人は、夫々単に自己の債権額についてだけ仮差押の申請をすべく、仮差押決定においても、各申請人毎にその債権額に充つるまでの有体動産の仮差押を許容すべきものであつて、申請人等の有する債権総額について仮差押申請及び仮差押決定をするのは違法である。若しそうでないと、被申請会社は、申請人等中の一部の者に対し、支払を完了し、その者のした仮差押の解放を求めようとしても、債権額全額を供託しないと、執行の一部解放を求めることもできないことになるからである。ところが、本件では、申請人等の有する債権総額について仮差押の申請がされこれを許容する仮差押決定に基いて既にその執行が完了しているのであるから、斯様な場合には、もはや右決定の更正変更によるべきものではなくして、一応全面的に該決定を取り消すのが相当である。
次に、被申請会社は、経営陣の紛争のため、労働者に対する賃金の支払を遅延していることは、誠に申訳ないことであると考えており鋭意再建に努力しており、その見透しも立ちつつあるのであるが、その再建には労働者の協力が絶対的な要件であるのに、労働者の一部である再建統一派と称する申請人等は、再建妨害の意図の下に、一部重役と相通じ、敢えて本件仮差押の申請をしたものと思料されるばかりでなく、一方被申請会社の資産は、その負債を遙に超過している現状であり、工場再開ともなれば、申請人等に対する支払も可能になるのであるから、本件は、仮差押をする条件に合致しないものといわなければならない旨陳述した(疏明省略)
三、理 由
申請人木塚治敏以外の申請人等が、夫々その主張のような未払賃金及び退職金債権を有することは、当事者間に争がない。申請人木塚治敏も亦金一万四千円の未払賃金債権を有する旨主張するけれども成立に争のない疏乙第四号証、証人中村英策の証言と対照し、疏甲第三号証の一乃至三によつては、右主張を推認するのに足らず、この点に関する申請人本人木塚治敏の供述は、信用しない。
そこで、進んで申請人等の本件債権については、果して真に仮差押の必要が存在するかどうかについて考察する。先ず、被申請会社が巨額の負債を抱えながら、重役陣がいわゆる革新派と保守派とに分裂して執ような抗争を事としつつあるため、事業の遂行が不能に陥り、負債償却困難の状況にあることは、当裁判所に顕著な事実であるにもかかわらず、成立に争のない疏甲第一号証の一乃至十一、申請人本人池田忠彦、牟田忠、藤渡辰一、井崎勘六の各供述によると斯様な窮状にある被申請会社が、近時屡々会社資材を社外に搬出しつつあること及び被申請会社の一部門であつた筒井伸鉄が、昭和二十六年三月中独立して香焼島工業所になり、同じく水産部も亦その頃独立して瓊浦水産株式会社になつたことが一応是認されるけれども、右の資材搬出が、資材を他に売却処分し、その売得金を以て、困窮せる会社従業員に対する未払賃金の支払その他会社所要の経費に充当する目的でされ、且つ現に充当されているのであつて、前示会社の一部独立の事実とともに、決して債権の執行を免れるため、財産を隠匿しようという意図に出でたものではないことは、右申請人本人等の供述及び証人斎藤義雄の証言によつても、容易にこれを推察するのに足る。申請人本人藤渡辰一、井崎勘六は、右資材売得金の内相当額が、会社重役その他の遊興等に費消されている旨供述するけれども、この供述部分は、いずれも信用し難い。
尤も、成立に争のない疏乙第七号証の一、二証人斎藤義雄、浜川博の各証言と申請人本人藤渡辰一、井崎勘六の各供述の一部とを綜合すると、被申請会社では、予て申請外東邦海運株式会社、玉井商船株式会社、大光商船株式会社から夫々永昌丸、石狩川丸、錦江丸の改装工事を請負い、施工中、前述のように事業の遂行不能に陥つたため、右工事中絶の状態に立ち到つていたところ、最近右改装工事再開について、政府から見返資金三億五千万円の融資を受けることになつたので、右三船主団が主体となつて、長崎市中銀行と折衝を重ねた結果、同銀行からも融資を受けることに決定し、資金総額金七億円を投入して、期間約四箇月半の予定で、右改装工事を再開すべく、目下着々準備を進め、その再開が目前に迫りつつあり、被申請会社では、その所有の設備資材を提供して、該工事に使用させることに、三船主団と協定が成立していることが疏明されるけれども、被申請会社のこの処置も亦、前同様決して、執行免脱の意図に出たものでなくして、むしろ、右改装工事再開のあかつき、たとえ短期間にもせよ、失職中の被申請会社従業員の内できるだけ多数の者を工事に使用して貰うことによつて、これ等の者の収入の途を得させるとともに、被申請会社としても、右設備資材の提供により相当対価の支払を得て、これを従業員に対する未払賃金及び退職金の支払や会社所要の経費に充当する一方、被申請会社自体の再建についても、右改装工事の施工を好機として、その施工期間中に株主総会を招集し、具体案を付議する等再建の抜本策を講じようと企図していることは、右疏乙第七号証の一、二証人斎藤義雄の証言からも、これを推察するのに難くないと同時に、斯様な設備資材の活用を通じて、被申請会社は、未払賃金等の支払の前途に明るい見透しを有つており、従つて、申請人等を含む従業員全部としても等しく有利に未払賃金及び退職金の支払を受けることができるようになるであろうことも亦、右各証拠から、これを察知することができるであろうところが、成立に争のない疏乙第三号証、証人浜川博の証言、及び同証言により真正に成立したと認める同第六号証によると、申請人等が本件仮差押決定に基き現に執行中の物件が、殆ど全部右改装工事施行のために必要な物件であることが判るから、若し該仮差押を強行するとすれば、成程申請人等だけは、これにより、仮差押物件の価額の範囲内で、自己の債権を保全することができるという利益があろうか、その反面、船主団による改装工事の再開は阻害され、引いては、前示多数従業員の就業、被申請会社の対価の取得による未払賃金等の有利な支払、その他被申請会社の企図に支障を来たすことになり、しかもこの損失たるや、被申請会社及び従業員等にとりまことに甚大であるというのを憚からないであろう。それにもかかわらず、申請人等が敢えて本件仮差押の申請に及んだ所以のものは、その間債権保全以外の何等かの意図が潜在するためではなかろうかとも疑われるのであつて、これ等各般の事実を斟酌する外、被申請会社の重役陣の分裂に伴い、従業員も二分されて、川南造船労働組合及び火曜会が革新派重役と、又申請人等を以て構成される再建統一派が保守派重役と夫々同調して、反目抗争しており、前示船主団による改装工事の再開を策しつつあるのは、右革新派であつて再建統一派は、これに反対の態度を採つていることの申請人本人藤渡辰一、山田厳、井崎勘六の各供述に徴してうかがわれる事実及び申請人等による本件仮差押物件中には、さして債権保全に役立つとも思われない青写真入倉庫内の品物や図面箱内の図面類までも含まれていることの前顕乙第三号証により認められる事実と証人斎藤義雄の証言とを彼是考え合わせると、申請人等の本件仮差押申請は、その有する債権保全のためというよりも、むしろこれに名を藉り、主として、革新派の企図する船主団による工事再開及び会社再建工作を妨害する目的を以てされているものとも推測することができるのであり、本件にあつては、仮差押の真の必要は少しも存在しないものと推定するのがまことに相当である。
果してそうだとすると、本件仮差押決定は、失当として取消を免れず、申請人等の仮差押申請も亦これを却下すべきであるから、申請手続費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を夫々適用し、主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 林善助 厚地政信 吉江清景)
(別紙目録省略)
(注)
仮差押申請事件
(長崎地方昭和二六年(ヨ)第一五号昭和二六、二、二三申請同二六、二、二四民事部決定)
債権者 村木八郎 外四二六名
債務者 川南工業株式会社
一、保証 無保証
二、債権額 金弍千七百九拾壱万円也
但未払賃金及び退職金
三、主文
債権者等が債務者に対して有する前記債権の執行を保全する為
債務者所有に係る有体動産は仮に差押える。
債務者が前記の債権額を供託するときは此の決定の執行の停止又はその執行処分の取消を求めることができる。
(長崎地方民事部――裁判官 林善助、亀川清、吉江清景)